「キス」キャスリン・ハリスン(新潮文庫)



 若くして結婚した両親は娘が生まれるとすぐに離婚し、それぞれの人生を歩んだ。大学生になった娘は父親と再会し、惹かれあう二人は執着と支配の関係の渦のなかに巻き込まれていく…という重いテーマのノンフィクション。
 装丁とパラ読みした文章の感じが気に入って購入したのですが、生臭く辛い内容(二人の関係には性的な内容も含まれます)が、この端整で幻想的な文章で救われてる印象です。現在と過去が混合する、夢のような、語り。
 父親は熱心に彼女を愛し、その愛ゆえに、彼女を支配してすべてを得ずにはいられないと語りますが、その支配が彼女を蝕んでいくことには気づきません。関係が深まるとともに、彼女は明らかに病んでいきます。しかしかれにとってはそんなことはどうでもいいことだったのかもしれません。かれは自らを疑わず、その行為の正当性を主張します。この強烈な自我の前に、幼い頃より子どものような母に頼りきることが出来ず、厳格な祖父母の影響のもとで怯えて育った少女が、どうやって抵抗できたでしょうか。なによりも恐ろしいことは、それが、彼女にとっては拒否できない、愛情に富んだ関係であったことです。彼女はそれから逃れられない。逃れられないまま、その関係からは一見、連想しにくいような、静かで幻想的な世界に漂っていきます。自分を支配する両親の元で、自分の魂を守るために取ることが出来た唯一の方法が、一切の感覚の遮断であったのか。彼女の視点はいつも膜を通してなにかを見るように、焦点がぼやけて、曖昧な夢のようです。
 執着は、それ自体が目的となった段階で、愛とはすりかわってしまうものなのかもしれません。そんなことを考えた一冊でした。 

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