「第1感「最初の2秒」の「なんとなく」が正しい」マルコム・グラッドウェル(光文社)



 
 原題は「blink The Power of Thinking WithoutThinking」。直訳すれば「ひらめきー考えずに考えるということとは」というところでしょうか。人間がなにかを判断するときに使う様々な思考パターンや生理学的反応について、豊富なエピソードと具体的な言葉で、その仕組みを説明してくれています。例として挙げられる挿話のひとつひとつが、小説のように面白く、ちょっとした謎解きが楽しめるような気分で読み進めることができます。具体例が中心なので、各章のタイトルと内容についてまずはざっとご紹介します。
 第1章「輪切りの力」
 ちょっとの情報で本質をつかむ、その能力について。ここでは、15分の夫婦喧嘩のビデオという素材だけで、その夫婦の15年後を95%の確率で正確に予想してみせた心理学者の実験を題材にして、なにか「直感的に」感じ取るときに、無意識が行う働きが述べられます。世の中のなにかを判断するときに、我々はそのものの情報すべてを解釈するわけでなく、一瞬で「輪切り」を行い、判断しているのだ、ということ。それに生まれつき長けているひともいれば、訓練でより的確な「輪切り」を行えるようになることもある事が分かります。
 第2章「無意識の扉の奥」
 理由は分からない、でも「感じる」ということは?とっさの判断や瞬間的な認知によって、美術史家はどの作品が贋作か一目で見抜くことができ、投資家は投資先の評価を変えることがある。けれども、人間は、その判断に、後知恵で理屈をつけて納得しがちである。けれども、その理屈はいいかげんなものかもしれない。わたしたちが思っているよりもずっと自分の「自発性」は信用できないものかもしれませんよ、ということが語られます。
 第3章「見た目の罠」
 第一印象は経験と環境から生まれる。けれど、それは物事の本質をとらえているものといえるだろうか?「素晴らしい大統領」にうってつけの容姿で、アメリカ史上最悪の大統領になった男のエピソードを皮切りに、これまで述べてきた瞬間的な判断の持つ危うさについても検証します。とりわけ、偏見や差別の根っこにはこの問題がある。無意識な態度が、意識的な価値観を裏切ることもある。それに惑わされない人間が成功する仕組みについても、敏腕な車の販売員の例を通じて、解説してくれます。誰もが陥りやすい第一印象の罠に陥らないためにはどうすればいいのでしょうか?
 第4章「瞬時の判断力」
 論理的思考が洞察力を損なう、人間の不思議について。即興芝居にみる高度な判断力や、史上最強の知的リソースを与えられた意思決定ツールと歴戦の兵の司令官が行った演習の結果に基づいて、多くの情報は実は無用なだけでなく有害にもなり得ることガ示唆されます。なによりも、ここでの判断を誤ったアメリカ軍の選んだ道の恐ろしさを暗示する最後のくだりが、ぞっとするほど印象的です。
 第5章「プロの勘と大衆の反応」
 無意識の選択を言葉で説明するときに、ひとがぶつかる困難とは。名だたるプロ達が認めたのに、一般リスナーの市場調査では好まれなかったミュージシャンと、コカコーラ社のニューコークの失敗を通し、革新的製品が一般市場になじむまでに乗り越えなければならないハードルについて語り、さらに、なにかに秀でると、その好みは難解で複雑になること(それがすなわち玄人好み)、そして自分の好みについて的確な説明ができるのはその道のプロだけになってしまうことが説明されます。新しい感覚を受け取るとき、多くの人は、それを無意識で受け取り、その感想は閉じた部屋から出てくるわけです。
 第6章「心を読む力」
 では、その無意識を訓練するにはどうしたらいいのでしょう。また、その無意識の持つ力を軽視したときに起こる悲劇とは?ニューヨークで起きた、丸腰の黒人青年が警察に射殺された事件を例にとり、興奮すると相手の心が読めなくなり、時間がないと先入観にひきずられてしまう人間の心の動きが語られます。なにかしらで咄嗟の判断を迫られることがあり得る職業のひとは必読と言える内容です。
 人間の心は面白い。それが通読して得たいちばん最初の感覚です。文化によって違いはあるだろうと思いつつも、ここで挙げられている例はどれもが納得いくもので、わかりやすいもの。なので、読んでいると、うっかり「なんだ、こんなこと知ってるよ」とか「当たり前だよ」と思ってしまうかもしれません。けれど大事なのは、そんな、説明されたら誰もが納得して受け入れることができるような、シンプルな感覚に、自分がどれほど無自覚であるかを体感することなのではないでしょうか。分かっちゃいるけどやめられない。しかし、それが人間の心に起こりやすいひとつの誤謬ともなり得るのだと知っていれば、それがもたらす災厄から、うまく逃れることが出来るかもしれません。なにかを判断することは、人間として生活していれば息をするように自然なこと。その直感の判断力に、こういう視点からメスを入れた内容は、とてもスリリングかつ興味深く、単純に面白いものでした。おすすめ。

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