「鈴木いづみコレクション4 女と女の世の中」 鈴木いづみ (文遊社)



 鈴木いづみというひとがどういう存在かということを知ったのがいつだったかは思い出せない。たぶん、この全集が発売された当時に雑誌記事で読んだんだと思うけれど、俳優・モデルを経て作家となり、36歳で自殺というその経歴が、やはり興味を惹くものがあって手にとってみたのがこの一冊です。
 SFを中心にした短編が7編入っています。実際に書かれたのも70年代だから、当たり前かもしれないけれど、なんか80年代に自分が片端から読んだ70年代日本SFと同じ匂いがして懐かしかった。しかし、一見投げやりで平易な文章のなかのところどころに、刺すような鋭い表現や印象深い言葉があって、古臭い感じはまったくしません。多重人格を描いた「水の記憶」なんて、いまでもこれだけのものを書くひとがいるのかなと思う。
 個人的に一番せつなくため息が出るような気持ちになったのはバンギャル(グルーピーでもいいかもしれんがあえてこの表現を使おう)の少女たちを描いた「カラッポがいっぱいの世界」。スターになる人間にはオーラが見える、などというのはよく聞く話だけど、これはそのオーラが離れていくのを見ることが出来るようになった少女の話。だからといってそのことがストーリーの中心になるわけでもなく、ここで書かれているのはバンドを取り巻く少女たちのおしゃべりと生活。名も無き少女の、疾走。それがなんとも…うーん、せつない。なにも自分にないからこそ、なにかがあるように見えるところに走る、その気持ち。
「いまのバンドがつまんないのは、それよ。ある程度の音楽性などを、お持ちになってるからよ。単に、電気レベルの問題だったりしてね、それも。自分たちの考えを表明するし、あながちそれが感ちがいでもなかったりするの。そう、はずれてはいないわけ。GSって、完全に思いちがいしてたね。厖大に」
「たのしいね。みじめで」
 アミはのけぞった。首をのばして、わらっている。
「なにせ、数が多かったからねえ。千じゃきかないかもしれないよ。シングル出して、三百枚しか売れなかったとか、いうのまでふくめると」
「親戚とお友達が買うわけね。いいねー、そうゆーの。(中略)」
 ロミはきまじめなふりをする。
「どれかひとつぐらいは、気にいるのがあったのよ。いまは、情報がいきわたってて、地域差がないでしょ?実力の差も、さして極端じゃないのよ。びっくりさせてくれないの」
                                      (275ページより引用)

 
 なーんてあたり、いまのわたしたちの会話となにが違うというのでしょう(苦笑)。これは二十年前だよ、とほ。いつの時代もわたしたちはいたのだな、と思う。ほかにもいくつも胸に突き刺さるような箇所があったけれど、とくに「音がなんであるかなんて、分析はできない。あまりにつよく感じすぎて。脳があわだってしまって」という文章には本当にせつなくなった。たまらんです。
 わたしもそれがきっかけになったから、偉そうにはいえないけれど、その経歴や最後のイメージが強すぎて、それだけで語られるには勿体ない作品を書いた人だと思う。もっと読んでみたいです。

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