「無傷の愛」岩井志麻子(双葉社)



 ここに収められている物語は、どれもが、異なる語り手によって複眼的に語られます。男と女、妻と夫、すれ違うだけだった他人同士、親と子、それらのひとびとがある接点を通して交わりあった結果、浮かび上がった運命について、かれらは思いのままに語ります。それにより、真実と嘘と事実と夢が複雑に絡み合った世界があぶりだされていく、そんな趣向で出来上がっています。
 基本的には、いつもの岩井志麻子ではあるのです。彼女の持ち味である自己愛でぱんぱんに醜く膨らんでいる人物像に、隠喩と暗喩がミルフィーユのように重なる耽美的な文章と、猟奇的なエッセンスが付け加わって、それはまるで濃いスープのよう。お好きなひとにはたまらないのですが、そうでないかたは、辟易としてしまうかもしれません。正直言って、文章自体が読みにくいところもあるし、展開や落ちが強引なことも多いのです。ただ、それらの欠点を認めたうえで、わたしなどは、まさに「そういう」ものが読みたいときに迷わず手に取れる作家さんとして、彼女のファンでいます。彼女の作品のなかの、劣等感の塊でありながらも、世界がこうであるのは自分のせいでないと暗く呻く人物を読むたびに、そこから醸し出される恐怖に、いつも、慄きます。映りの悪い鏡を見せられたように、自分自身にも、その呻きは確かにあるようだから。
 この作品集には10編の物語が収められています。どれも趣向が凝っていて、同じような話はありません。幼い頃から、特定の誰かをターゲットにして憎むあまりに、相手と仲良しになったうえで、ささやかな、しかし恐ろしい結果を招く嫌がらせを続けていた主人公。彼女は、自分が粘着質に憎んできた相手を「マイナスのアイドル」と呼んでいたけれど、ある日、彼女自身が誰かの「マイナスのアイドル」になるときがやってきた―――という「偶像の部屋」。アウトローの集まる喫茶店でかれらとは違う自分を意識しながらも、その空間を心地よく思っていた就職浪人の男の前に現れた、何の特徴もない目立たない女。彼女がアイスコーヒーを注文したあとに取った行動は―――という「冷笑の部屋」。この二つが特に面白かったです。

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