「バンド臨終図鑑」速水健朗他・編著(河出書房新社)



 いま現在、この世界に、いったいいくつのバンドが存在し、活動し、そして解散しているのでしょう。自分ご贔屓のジャンルのなかでさえ、月に一度はバンドの解散のニュースが飛び込んでくるような気がしますが、これは、古今東西の、バンド、ユニット、グループ、総勢200組の1961年から2009年までの、全世界のバンドの解散理由を調査し、集めた本です。もちろん、バンドの解散理由はバンドそれぞれであり、またバンド側の公式発表たる「音楽性の不一致」(これ、離婚のときの「性格の不一致」に似てますね)とか「新たな可能性を求めてメンバー全員がそれぞれの道を歩んでいくことを選んだ」的なものが(たとえそれがそうとしか表現できない真実であったとしても)、すべてを言い表せているとはとてもいえないことは確かです。この本でも、ここに書かれている解散理由は解散の一側面でしかない、と断っています。わたしなどは、どうしてもファン側の立場からみてしまうので、さらにつけくわえてしまえば、その理由をどう受け取るかもまた、ファンの数だけある真実、と思います。
 そもそもバンドの解散ということは、男女の別れと同じく、どうしても揉め事や醜聞の匂いが濃くつきまとうものです。そういう部分のみを特化して、センセーショナルに盛り上げたものであれば、この本もそれにふさわしく醜いものとなった可能性があります。しかし、ここでは、解散理由について、直接のインタビューや噂に頼るのでなく、「文献を調査・検証することで、なるべく客観的な解散の真実に迫るという手法」を選んでいます。その手法によって、人間が交わる活動につきもののある種のゆがみが正された冷静なものになったと思います。それは、ある意味で味気ないものかもしれませんが、しかし、ならば真実とは…という話になれば、メンバーはもちろんのこと、そのバンドに関わった人間の数だけ、その物語は存在することになると思います。それを探索していくのは、そのバンドに魂を奪われた人間が自分なりに考えていく、ある種の特権にも思えます。それは、誰かに提供されるものでなく、自分で考えていくことなのでは。
 そしてわたしはむしろ、一見、無味乾燥な事実の羅列だけに見えるこの本から、それでも隠せずに零れ落ちてくるバンドというものへの熱い気持ち、広い意味でのバンドというジャンルって面白いよね、というため息にも似た感嘆を得ることが出来ました。客観的と言いつつも、まあ、古今東西、どのバンドも、金と女と男と友情と喧嘩に明け暮れているものです。くっついたり離れたり、仲直りしたり決裂したり、みんなとっても忙しそうだけど、楽しそうでもあり、そこにはまぎれもない悲劇もあれば、喜劇としかいいようのないものもあります。ただ、メンバーの死だけは哀しいですね。本当にそれはやりきれない。生きてさえいれば、みんな、もう一度やれることもあるかもしれないのにね。
 しかし、こういう本を読むときの醍醐味は、自分が知っているバンドや興味のあるジャンルがどのように扱われているか、でしょう、やっぱり(笑)。もちろん、わたしは聖飢魔llをチェックしたよ!(ていうか掲載されてて驚いた。いや、一般の音楽ムックとか雑誌からは無視されることが多いから…)短い記述ながら、閣下のインタビューからの引用もあり、信者が読んで不愉快な記述では無いので、信者の皆さんもご安心ください。欲をいえば、「閣下」付けしてほしかったが、それは欲だな、きっと(笑)。あと、閣下は解散後もタレント活動というのに、できれば「ソロ歌手」も付け加えてほしかったけど、なんせあんまり数字的にはごにょごにょなので、それも仕方がないかな。わたしとしては、聖llがちゃんと取り上げられただけでも嬉しいなーと思います。
 あと、わたしが分るジャンルといえば、あとは90?00年代のヴィジュアル系と80年代の洋楽なのですが、ヴィジュアル系では、X、LUNASEA、黒夢という有名どころが取り上げられています。80年代の洋楽バンドは、わりと多い印象。個人的に一番驚いたのは、ワム!のアンドリューがバナナラマのカレンと結婚していて、いまは環境保護団体のメンバーとして穏やかにゴルフなどして暮らしている、という事実。ワム!とバナナラマの結婚というのもすごい話ですが、いまは幸せに暮らしているらしいというのが、すごく嬉しかった。当時から肩身が狭かった、ワム!でアンドリュー派だった小学生の自分に教えてあげたい。洋楽の人は、麻薬だの暴力だので、不幸な結果になるひとも多いので、ほっとしました。
 一冊を読み終えて感じたことはといえば、人生は続いていくんだな、という感慨に似たものだったりします。わたしたちは、バンドの活動を通じて、かれらを知る。でも、もしかしたら、それはメンバーたちにとっては長い人生の一瞬のきらめきのようなもので、永遠に続くものではないのかもしれない。バンドが解散しても、メンバーの人生は続く。続くからこそ、もう一度、やり直すこともある。もちろん、違うバンドが結成され、それもまた解散することもある。そこで終わらない、途切れないものはといえば、あの歪んだギターの音や、ファンの悲鳴、叫び声、ハウリングを起こすマイク越しの咆哮、あるいは、きらびやかな衣装が揺れるさま。ひとつひとつのものは違っても、綿々と途切れることなく「バンド」というものは続いていく。そして、わたしたちも、それを楽しんで人生を過ごしていく。一音も音が聴こえることがない、ただの本を読むことでも、音楽はいいな、と思うことが出来ました。そういう本です。おすすめ。

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