「オナモミ」(山本美絵)


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 仕事で疲れたときに、なにげなくジャケ買いしたCDです。でも「究極のトラウマ系歌姫。狂気のファーストアルバム」という帯の文句はあんまりだと思います。
 声は、ディーヴァ系といってもいいくらいの表現力と濃さ(わたしは宇多田ヒカルを連想した)、それにテクノポップ系の音との対比が面白かったり。うん、派手さはないけど、曲も十分にカッコいい。けれど、このひとの場合は、独特の歌詞がポイントです。
 たとえば、デビュー曲だという「カーネル」は、昼間の世界で上手くいかない女性が、夜、カーネル(サンダース…というのは云わずもがな)のかたい胸に抱かれることで安らぎを得るという、そこだけ取り上げたらコミカルな感じがする内容ですが、伸びがあるくせにどこか不安定なこの声で歌われると、美しいラブソングにも、孤独の悲鳴のどちらにも聞こえるような独特さがあります。文字通りの悲鳴が聞ける「トモダチ」も、そうですが、このアルバムにはびっしりと孤独の種が植えつけられている。
 なおかつ、女性でこういう歌を歌うひとは、やたら血とか性とかを道具に持ってくるものですが、このひとの歌には、清々しいくらいに性愛が存在しない。それが彼女のオリジナリティ。代わりにあるのは、閉じこもった心性とやりきれなさ。閉じこもってるんだから恋愛もないわな。己に閉じこもった心性といえば、工場のライン仕事で働く女性が、じょじょに乾いた生活の落とし穴に滑り落ちていく様を描いた「7:15」が一番リアルだ。あえて無機質な印象にしてるのであろう声の響きが実に。また、このアルバムのなかでほぼ唯一、己に閉じこもらず、他者に差し伸べた手が見えるのは最後の「17」。彼女のメッセージが向けられるのは、おそらくはかつて昔に存在していまはもういない友人に、なので、未来に繋がるものではない。なのに、一番、熱情が感じられる曲。
 他の作品も聴いてみたいと思って検索したら、数年前に活動休止をされてそのままのようですね。確かに、一般的な内容の音楽ではないけれど(恋愛を歌わないだけでも、メジャーじゃ難しいんだろう)、止めてしまうのは勿体ないひとだと思います。

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