「瞳子」吉野朔実(小学館)


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 吉野朔実というひとは、とっても理知的なひとであると思う。なので、その作品はとても丁寧な計算と設定に裏づけされていて、出来上がったものはとても高度な建築作品のようにわたしには思える。使われるビス一本にいたるまで、十二分に検品されているような。でも、ガラスの厚さやデザインは個人の美意識にそって選ばれるくらいの遊び心もある。そういう建築物。
 なので、そのぶん「頭のなかだけで組み立てられた」感が十分にあるのも否めない。とくに、オムニバス形式でない長編はそういう印象が強く、読んでいても「どこまでも破綻がない設計図どおりの道につき合わされてる感」がしてしまったものだけど、これはちょっと違いますね。
 家族と同居しながら、友達と本を読んだりレコードを聴いたりして過ごす瞳子が、日常で感じるコンプレックスや戸惑い、家族との関係について描くその描線は、のびのびとしているうえに、作者の生の声が見え隠れしている。「ああ、こういう漫画も書けるんだ」と思った。良かったです。自意識の固まりで(若いということはそういうことですが)いろんなことを許せないし分からない瞳子の不器用な感覚は、わたしにも十分覚えがあるもので、素直に感情移入できました。瞳子の傲慢さが嫌なひともいるかもしれないけど、これもまた、この時期には必要な感覚ではないでしょうか。そこらへんを見据えてる作者の視点が、いい感じに肩の力が抜けているようで、読んでいて心地よい一冊でした。

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