「独白するユニバーサル横メルカトル」平山夢明(光文社)



 前から気になってはいたのですが、怖くてなかなか手が出せずにいた一冊。しかし「幽」を読んだ影響もあり、購入することにしました。綾辻行人、柳下毅一郎、京極夏彦といった豪華な面々が絶賛している帯がまず目を引きますが、読み終えたあとで一番ぴったりくるのは、そのなかでも柳下毅一郎の一言につきます。すなわち「神です、神」。
 それが大げさというなら、ある種の天才でしょう。読み終えたあと、しばらくぐったりして食欲も消えました。それはあながち、わたしがスプラッタや残酷描写が苦手だから、というだけではありません。もちろん、そういう題材が主ですから、数ページ読んで読めなくなるひともいるかもしれない。しかし、それでも読み続けずにいられないこのリーダビリティの高さはどこからくるのか。「怪談実話のスーパースター」という惹句から予想される扇情的な描写部分よりも、その文体の静謐さに注目してほしい。物語には、まさに目も覆うような猟奇的な内容だけでなく、一抹のせつなさがかすかに息づいていて、しかしそれは救いにはならず、後味の悪さに結実するのです。もういやだ(泣)。こけおどしではないからこそ、ビジュアル的な想像力を呼び起こす表現に、かなりぐったりしました。このひとの怪談実話系は結構読んできて、やはりぐったりした気持ちにはなったものですが、それが創作小説となったら、ここまでのものになるのかと。ホント、神。好き嫌いは別として、神。神とはそういうものでしょう。
 収録されている8編中、わたしの好きなのは、これ以上ない不幸の坩堝の中、連続猟奇殺人犯にメッセージを送ることで救いを見出そうとした少女の運命をたどる「無垢の祈り」(ラストが。本当にこれはラストが…)、ハンニバル・レクターを思わせる殺人犯の語りが、実に美しい「卵男」、地獄の黙示録を思わせる熱帯の狂気のなかでの極限状況を描いた「すまじき熱帯」(泥鰌がもう駄目だ…)、読む前はタイトルの意味をしばらく考え、数行で種明かしされてからは、その奇妙な語り手のエレガントな語り口をひたすら追うしかない「独白するユニバーサル横メルカトル」、まさかこの流れでこんなことになるとは、と唖然とした、強迫観念に囚われたマフィアの拷問係が得た新しい仕事の顛末を描いた「怪物のような顔の女と溶けた時計のような頭の男」などです。
 苦手かもと思うひとにはおすすめしない。けれども出会うべくひとはそのまま出会うでしょう。この短編集にはそう思わせるだけのちからがありました。感服。

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