「夜市」恒川光太郎(角川ホラー文庫)



 なにを読もうか迷ったときの日本ホラー小説大賞。金魚が泳ぐ赤い装丁と、シンプルなタイトルに惹かれて手に取りました。
 
 表題作の「夜市」は、第12回日本ホラー小説大賞を受賞しています。夜に出現する謎の市場と売り物、ということで、同じくホラー小説大賞を受賞した「姉飼」(遠藤徹)を連想したのですが、血と暴力に美しく染まったあの作品に比べれば、ぐっと幻想味が溢れていて、まさに夜市のぼんぼりに照らされた風景のように、柔らかい色彩で描かれた世界です。
 幼い頃に訪れた「夜市」で、野球の才能と引き換えに弟を売ってしまった少年が、弟を買い戻す為に選んだ選択とは…という大筋に丁寧に沿った作品世界の描写が、現実と幻想の境目で揺れていて、とても入りやすい。ストーリーに組み合わされた仕掛けが、これみよがしになることも大きな飛躍もなく差し出されて、すいすいと読み進めることができます。なによりも、心温まると同時にせつないラストにたどりついたところで浮かび上がる、最後の最後の、いちばん恐ろしい囁き。強烈ではありませんが、小さくあえかに光る結晶のような作品です。
 同時収録の「風の小道」のほうが、より派手な展開もあり、スリリングな話かもしれません。「古道」と呼ばれ、大昔から日本にある、わずかな人間だけが通り抜けることを許される秘密の道に迷い込んでしまった小学生の「私」と友人の「カズキ」が、そこから抜け出すことは出来るのか。それと同時に交錯する、「古道」で生きる青年「レン」の運命。それらのたどりついた先でやがて語られる静かな諦念の響きは、読み手に深い余韻をもたらしてくれるはずです。
 どちらの作品にも云えることですが、菊地秀行とか夢枕獏とかがジュヴナイル向けに書いていたファンタジー小説を連想させる、イメージの美しさと読みやすさが魅力的です。実際に、「面白い小説」というものを探して読みだす十代の頃に手に取るのには、ぴったりの内容かもしれません。もちろん、大人にとっても面白いものであるのは確か。どぎつさのない幻想味がある短編がお好きなかたにおすすめです。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする