「かわいい闇」マリー・ポムピュイ、ファビアン・ヴェルマン(河出書房新社)



 ショコラとケーキで、素敵な彼とのお茶会を楽しんでいるおしゃまな感じの美少女。ところが、なんだか気持ち悪い柔らかいものがボトボトと落ちてきて、せっかくのショコラが台無しに。天井もどんどん溶けてきて、なんとかそこから逃げ出した彼女。でも、彼女がどこから這いだしたかというと…というショッキングな場面から、この物語は始まります。
 フランスのマンガ、いわゆるBDの一作です。海外マンガと聞いた時に連想しがちなアメコミ風の絵柄ではありません。それこそ海外絵本の定番のような優しい「かわいい」絵で、まさに行き止まりのような「闇」のような世界が描かれるのです。森の中で、限られた「資源」を使いながら、平穏で楽しい暮らしを営もうとする主人公のオロール。妖精か小人のような存在の、実に可愛らしい美徳の持ち主である彼女が、邪悪な存在の意地悪と自然の厳しさの両方に追い詰められていって、ゆっくりと変質し消耗していくさまが、苦しくて、でも、恐ろしいことにユーモラスでもあるのです。それくらいにこの世界は可愛らしい。そこで行われている行為の暴力性は、そんな指摘もきっと余裕でかわしてしまうほどに無邪気な雰囲気に包まれています。まるで、こどもが虫をバラバラにしているような残酷さと愛らしさが同居している世界で、わたしはウィリアム・ゴールディングの「蠅の王」を連想しました。或いは、疎開していた小学生たちのなかで行われていた権力闘争やいじめの世界を。そういう、幼くて可愛らしい存在が、狭くて余裕の無い厳しい世界のなかでどうやって生きていくのか、という物語でもあるのです。
 どんな美徳や生まれついての純粋さや優しさを持っていたとしても、そんな世界の中で追い詰められていけば、心のなかに闇を抱えずにはいられなくなるのは当たり前です。愛らしい絵柄はそのままで、でも眼光だけはきつく鋭くなっていくオロールが、最後の安らぎを得る為に取った行動は、この物語のなかでもとりわけ残酷なものとなりました。が、贈り物の箱にかけられたリボンが、きゅっと締められて仕上げられるように、最後の頁の彼女の甘い囁きが、この闇の物語を美しくまとめあげます。そのラストを読んで、わたしは深い溜息をつきたくなりました。
 これは本当にタイトルそのままに、可愛らしく恐ろしい物語です。表紙の、水玉模様のワンピースを着た金髪の可愛い少女であるオロールと、彼女が見上げている少女の姿の対比が、そのままこのタイトルを現しているのです。日本のマンガとはまったく違う感覚の世界ですが、だからこそ手に取る価値はある作品だと思います。

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