「ブラック・ダリア」ジェイムズ・エルロイ(早川文庫)



 いわゆる<暗黒のLA四部作>のその一。というわけで実際にアメリカで1947年に起こった殺人「ブラック・ダリア事件」を題材に、フィクションとして昇華させた作品です。事件の詳細はこちらをご参考にしてください。
 エルロイというと圧倒的な暴力描写とかハードボイルド、というイメージがわたしのなかで先行していたのですが、そこのあたりは確かにそうでした。が、無駄でない。ここで描かれる暴力や死には、ひとつも無駄がない。こけおどし感もない。大きな物語のどうしようもない必然によって描かれるものであれば、それがどんなに凄惨なものであったとしても、そこに汚らしさはありません。作者の都合などの意図も、微塵と感じられません。ならばOKです。
 登場人物はみな癖があり、多かれ少なかれ嘘をついています。語り手であるブライチャート自身も嘘を抱え、かれが惹かれる女性たちも嘘をつき、かれが所属する警察の人間たちも嘘をしゃべり、この物語の核となる存在、無残な惨殺死体で発見された、映画スターを夢見たアマチュア娼婦であるエリザベス・ショートことブラック・ダリアも、虚言に近い嘘をついて生きてきた女性です。嘘と誤魔化しの泥のなかで、それでも「ブラック・ダリア」に憑りつかれてしまったブライチャートは、友を追い、他人に暴力を振るわれるだけでなく自らも暴力を振るい、真実を求めます。それも単純な正義心からではなく、ただ自分がブラック・ダリアにとても深く関わってしまったから。数多くの過ちを犯しながらも、かれがようやくたどりつく場所は、その過ちがもたらしてくれたものであることは間違いないとわたしは思いました。
 あくまでわたしの記憶力の問題ですが、翻訳モノというと、登場人物が多かったり名前で混乱することも多いのですが(これなんて、主役はブライチャート、その相方がブランチャード、ですよ。わざとなのか)、人物のどれもがくっきりとした個性の持ち主なので、文庫本で570ページを越える大作を飽きずに一気に読み通せました。四部作の残りも読んでみたいです。 

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