「スプートニクの恋人」村上春樹(講談社文庫)



 ぼちぼちと村上春樹未読作品征服中。「22歳の春にすみれは生まれて初めて恋に落ちた。広大な平原をまっすぐ突き進む竜巻のような激しい恋だった」という冒頭から始まる、村上春樹ならではの繊細で美しいラブストーリー。
 すいません、。でもそんな紹介をするうっかりさんがいたりして。
 じゃあどういう物語かといえば、これは、人間の存在の根幹に位置する性欲と、その存在にも関わらず断絶し続ける人間同士についての物語です。文章の濃密さと率直さに圧倒されながら(時々はいかにもな春樹節に苦笑したりもしたのですが)、こういうことをテーマに持ってくる面白さにあっという間に読み終えました。
 中心になっているのが女性の同性愛と性恐怖なので、女が分かってないという非難はいくらでもありそうなのは確かです。わたしにとってもいつも、このひとの描く女性はどうもファンタジーっぽい存在でしかない。しかしこういう女がいてもいいのではないか。そういうことも作者は分かってやってそうな気がする。単なる贔屓ですが。そもそもひとは自分の理解してる範疇内での現実を基本に書き続けるのだし、これはもう春樹ワールドなんだから、と納得させられるのが、かれの筆力のなせるわざなんだと思います。
 しかし冒頭の文章を読んで、あらまあきっと素敵な恋愛小説だわ、と思ったひとは読み終えて目を白黒させただろうな。村上春樹の作品全体を覆う、なんとも言い難い暗闇と諦念の雰囲気はここでも色濃いです。奇妙に歪みつつも、かれらなりにまっとうであり続ける孤独な人間たち。そして、そういうかれらがたどる物語も、お決まりの展開にしてしまえば、それでも簡単で共感を呼ぶものに仕上げられたところを、あえて春樹はそうせずに物語に決着やスジミチを求めるひとびとが、読み終わったら本を投げ出しそうな内容にした。それでいいのではないかなあ。わたしにとっては、もうすでに春樹は「そういう作家」になっている。作品世界についてどうこう云う気は無く、ただ堪能させていただくだけ、のような作家さんです。まだまだ読んでいきたいです。

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