「おともだち」高野文子(筑摩書房)



 寡作でありながら、独特の世界観で好事者に評価が高い漫画家である高野文子の単行本です。わたしは以前、評論家にやたらと褒められている『絶対安全剃刀』をお勉強感覚で読んだことがあるだけなのですが、なるほど評価されて当然、と納得して終わった記憶があります。とりわけ、巧いとかそういうレベルじゃなくて、その完成度には、ただ頷くしかないほどの距離感さえ感じた表題作の「絶対安全剃刀」は見事だった。


 今回の単行本を手に取ったきっかけは上製本になっている装丁が素敵だったのと、パラ見した印象からなのですが、いや、これがまた良かったです。短編が主な作品集ですが、100P近い「春ノ波止場デウマレタ鳥ハ」という中篇が、とりわけ、素晴らしいです。
 昭和初期の雰囲気を漂わせた時代を背景に、女学校に通う露子という名の少女が主人公。彼女は学校の出し物として「青い鳥」のオペラを演ずることになります。犬のチローの役をもらったものの、本当は、少年のチルチルを演じたかった彼女は、その役に抜擢された笛子という少女の存在を意識するように…。というストーリー自体は、ある意味で他愛もないものかもしれせん。童話がそうであるように、どこかで見たような場面の積み重ねのような気もします。が、それはこの作品の持つほのかなノスタルジイからくるような。少女同士の本人達のみに意味のある、嫉妬による緊迫感(女の子というイキモノはなんとまあ嫉妬深いものでしょう)と、恋愛以前のときめきとあこがれのもどかしさを、ここまでみずみずしく表現されると、読み手としては頭を下げるしかありません。
 なによりも、クライマックスの「青い鳥」のオペラ場面です。このオペラ曲が実在するものかどうかはわたしは知らないのですが、写植文字によって表現される歌詞の絶妙なリズム感と躍動感は、まさにマンガでないと存在しえないものです。感動した。マンガこその表現があると思った。マンガでないと、読み手自身によって自由に喚起されるイメージがもたらすインタラクティブな快感は存在しないから。あらかじめ曲が用意されている三次元的な媒体では、この気持ちよさにつながらない。まさに読む人の数だけ存在する「青い鳥」のオペラ曲は、読む人の数だけ素晴らしい広がりをもっています。こういうところが批評家好みなのかと思ったりもしましたが、このオペラ場面での、こぼれるような少女たちの瞳にともる光のあえかな可愛らしさ、美しさときたら、そんな理屈も飛びますね。
 好みに合う合わないはあると思いますが、レトロな雰囲気がある絵柄に惹かれるかたには、ぜひ読んでいただきたい作品です。派手さはありませんが、とても愛らしい作品集です。

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