「ざらざら」川上弘美(マガジンハウス)



 雑誌「クウネル」に掲載されたショートストーリイがまとめて23本収録されています。「クウネル」といえば若年層の「暮らしの手帳」というか、ロハスでエコでオーガニックでスローライフな雑誌ですが(悪意に非ず)、そういう雑誌の雰囲気に見事に似合った、けれども確かに川上弘美の作品であるという世界が楽しめます。
 恋愛と美味しいものと、友情とわずかばかりの性欲と、可愛いもの。そういった小道具や設定のなかを漂うようにしながら、迷ったり、決めたり、お喋りしたり、酒を呑んだりしている主人公達の、出会いと別れと生活の物語。昔は優れた少女マンガがあれば、わざわざ文学でそれを味わうこともなかろうと思っていた空気ですが、いまは、雰囲気だけでなにかを語ってることにしたいマンガを読むくらいなら、文字から喚起されるイメージをじっくりと味わうという意味で、こっちのほうがいいかなと思います。ベツモノなわけだから比べる方が間違ってるかもしれないが、狙ってるところが一緒なら、結果的に比べてしまうところが出てくるのはしょうがないところ。どっちが先かという話は不毛だから無しの方向で。
 でも、川上弘美は巧いなあと思います。たぶん、読む人の多くが「わたしはこれにぴったり来るわけじゃないけど、でも、こういうのっていいなあと思っちゃうひとは多いんだろうな、悪くないし」と感じちゃうんじゃないんだろうか。いや、もちろん100%これにハマり!という方もいらっしゃるかと思いますよ?でも、なんというか、なんていうことはない情景を描いているふりをしつつ、けっこうとんでもないことをさらっと書いている場合も多い川上弘美の短編は、「これを読んでピンと来るのはわたしだけじゃない?」という特別扱いされたかのような気持ちよさを、多数の読者に味わわせるのがとても巧い。悪口じゃないですよ、わたしも気持ちいいもの。
 ただ、本当に合わないひともいるかとも思うので、あまり決めつけてもいけないかとは思います。個人的には「センセイの鞄」がいちばんの踏絵だと思う。あれがイケるひとと無理なひととでリトマス試験紙のように分かれると思いますので、この作家に興味のあるかたはどうぞあれから。いきなり長編はちょっと…というひとは、それこそくまなく川上弘美のエッセンスが散らばって薫っているこの短編集あたりがおすすめです。


 

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